春は、おしゃれの季節なのだろうか。

 基本、私は、おしゃれに関しては無頓着である。とりあえず、何か着ていればいいかと思うくらいで、見た目のおしゃれは、それほど気にしていない。

 ただ、春になると、こころがウキウキしてくるからか、いつもより、おしゃれが気になってくる。

 おしゃれの指南本を買ったり、ファッションサイトを毎日のように覗いたり。

 見た目を格好良くして、女性にモテたいわけではない(全く、そういう気持ちがないと言えば、うそになるかもしれないが)。

 誰かに対して、アピールするというより、自分自身が楽しい気分になりたいからだと思う。

 何となく気分が重い冬をやり過ごし、こころが明るくなってくる春。それと同時に、おしゃれをして、どこかにお出かけしたいという気持ちも沸々と湧いてくる。

 思春期の頃、少しばかり、私は引きこもり気味になったことがあった。他人の視線が気になってしまい、外出するのが苦痛でたまらかった。

 よくよく考えてみれば、よく知らない他人の外見など、人はそれほど気にしないと分かるのだが、あの頃は、どこか自意識過剰なところもあったのだろう。

 今のようにネットで、おしゃれ情報が簡単に手に入ったり、ファッションサイトでおしゃれな服を購入できていたら、それなりに自信もでき、それほど悩まなかったのだろうか。

 ネットの功罪は様々、言われているけれど、おしゃれに関しては幸福な時代なのかもしれない。

 少年から青年、そしておっさんへ。私は年を重ねてしまったけれど、おしゃれは年齢に関係ないはず。そして季節はお出かけ日和の春。

 いろいろ、あるけれど、おしゃれをしたい気持ちがあるうちは、自分はまだ大丈夫ではないかと思う。

 おしゃれをして、街に繰り出してみようか。

 会社を辞めるか。もしくは自ら、給料減額を願い出るか。

 どちらかを私は選ばないといけないのだろうか。

 私が働く町工場の業績が低迷している。この春、いくつかの仕事がなくなり、その代わりと当てにしていた新規事業も期待していたほど受注数も伸びていかない。

 会社に入ってくるお金が少なくなってくれば、従業員に、これまでと同じ給料を渡すのは難しくなってくる。あるいは雇用そのものの継続も難しくなってくる。

 そこまでは理屈としては私も理解できる。ただ、それが自分の身に降りかかるとなると別問題である。

 少し前に書いたが、すでに社長からは準リストラ勧告のようなものを私は受けている。はっきりと言われたわけではないが、社長と向き合っていると、雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 一方、社長の息子さんや娘さんからは、この会社に残りたければ、社長に「自分の給料を下げてください」と直訴したほうがいいのではないかと言われている。

 実際、息子さんである工場長は経費削減のため、社長に自らの給料削減を申し出たらしい。

 ただ、私の場合、血のつながった工場長とは違い、あくまで社長とは他人である。一度、給料をこちらから下げてくださいと言ったら、もう二度と上がらないのではないかとも思う。

 日曜日に入ってくる求人チラシに目を通したり。久しぶりにハローワークのネット求人検索サービスを覗いてみたり。

 年齢が年齢だけに、明るい未来を、そこからは感じ取るのは難しい。考えるだけで、胃が痛くなったり、憂うつになったり。

 はたして、これから先、少しでも明るい場所に辿り着くことができるのだろうか。